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月間アーカイブ: 3月 2014

『明日、ママがいない』 放送終了。

 

『明日、ママがいない』 の、放送が、3月12日に終了してしまいました。

毎回楽しみでしたので、少し残念です。 (とはいえ、私が見たのは3回目か4回目の放送から、週了回まででした。 娘に「おもしろいよ!」 と勧められたのが、観るきっかけとなりました。 連続ドラマを見たのは、『篤姫』 以来になりますか・・・。

 

最後まで見終わっての感想ですが、本当に観てよかった・・・と思える作品でした。 出演していらっしゃる役者さんたちのキャスティングも良く、皆さんそれぞれに持ち味や個性を存分に出し切れるはまり役だったのではないかな・・・と思います。

ドラマ全体が、ほとんど役者さんの演技力だけで出来上がっている作品だったのではないでしょうか。 大人の役者さんも、子役の方も、皆さんが熱演でした。 それぞれの役柄を、心を込めて、あるいは全身全霊で演じていらっしゃり、このドラマが見ている人に、何を伝えんとしているのか、こちらも心で感じる事ができました・・・。

 

過去に私が見たドラマ、なぜか見るきっかけができて、自然と続きを観てしまう・・・そういう流れで視聴する事になるわけですが、和久井映美さん主演の『ピュア』、安達祐実さんと松本恵さんの『ガラスの仮面』、竹内結子さん主演の『不機嫌なジーン』。 韓流ドラマの『ファン・ジニ』も、心に残る作品でした。

 

他にも、今思い出せないだけで、あるいは私が観ていないだけで、すばらしい作品はたくさんあるのでしょうけれど・・・。

あっ・・・もちろん、ワンセグで観てました・・・汗。

 

ところで、本日より4月15日まで、1ヵ月間、ヒプノセラピーの新しいご予約をお休みさせていただきます。 4月15日以降のご予約でしたら、その間にもお受けできます。 内々の事情で多忙な事と、何より花粉症の症状がひどくて、まったくしんどい季節なのです・・・。 申し訳ございませんm(__)m

ブログの方は、これまで同様細々と更新させていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

 

かけがえのない、このたったひとりの、自分としての人生

 

 

『一度きりの人生』 とは、よく見たり、聞いたりする事のあるフレーズですが、私もそれはひとつの事実であると思います。

今の、この自分の体を持ち、たとえば 『東京 花子』さん、として送る人生は確かに一度きりだからです。 

かけがえのない、貴重な人生・・・そして一人一人の私たちです。

 

なぜ今の、この 『自分』 として生まれてきたのか・・・。 それは、この自分としての個性・個別性を選択する事でしかできない経験をするためで、その中で人と出来事とに出会い、別れ、喜び、悩み、そしてそれを克服しようとする過程で、学び成長するためです。 もちろん、霊的な意味で・・・。 

この自分を選択してきたからからこそ、学べる事象があるのです。 この自分にしかできない、貴重な体験があるのです。

それには、過去から連綿と続いて来たいくつもの人生(過去世)と、もちろん絶対的な関連性があるわけですが・・・。

 

では、なぜ、人はそうしてまで、霊的な成長をしようとするのでしょうか。

・・・・・・

 

それは、生命は、命あるものすべては進化することが喜びであると、プログラムされているから・・・なんですって。 

今、この一つの答えを、どなたかが直感に働きかけて教えてくださいました。 驚きました。 この疑問が頭に浮かんだ時タイピングしながらも、「えええ・・・そんな疑問に、なんて書けば いいんだろうと、一瞬困惑していましたら、そう伝えてくださったのです・・・。

 

種は発芽し、成長を続け、やがて歓喜のうちに花を咲かせて、実を結びます。 それが一つの種の命の完成形であり、さらなる命への循環です。

しかし私たちは、最も高度な生命の形態であり、考え、意志して行動し、そして創造しさらなる高みへと・・・崇高なる自己へと発展、成長していける独自の存在なのだそうです。 そしてついには、個でありながら、個を超えた存在へと昇華できる、そういう霊性を備えた、神聖な存在なのだそうです。 (この部分は、霊性の先生に、学んだ事でもあります)。

 

 

日本を代表する山は富士山ですが、その霊峰富士には木花咲耶姫 (このはなさくやひめ)様が鎮座されておられるといわれます。 神道でいうと、天照大神の孫である邇邇芸命 (ににぎのみこと)の、妻である女神様です。

 

木花咲耶という 御名には、『苦の花咲くや』 という意味が秘められているそうです。

 

ひ、ふ、み・・・とは、一、二、三・・・と続いていく日本の数え言葉ですが、それは人の霊の成長とも関係があるそうです。

七からの説明になりますが、七で成り、八で開きて、九で苦しみ極まって 十で、それまで続いていた一つの段階の、完成を迎えるそうです。

どういう意味を持っているのかというと、一で生まれ出た私たちは七までの間に、その人生での霊の成人としての時期を迎えるまでに成長し、八で充実した活動期を迎え、そして生きていく中で、やはり避ける事のできないその人にとっての苦(九)、どうしようもない苦悩や苦難に出合い、その苦しみが極まり、それが昇華すると、十(充)・・・私たちの意識は、それまでより崇高な高みへと、一つの完成の境地を迎えるそうです。 九までは一けたでしか表せない、平面の世界観の中にいた私たちの意識が、十で初めて、二けた、平面が立ち上がり、立体に成就し、その人生での一つの完成を迎え、新しい次元の世界観へと移っていくことができるそうなのです。・・・

 

私が、まだ若い時代の自分の時に、イエローモンキーというバンドが歌う曲をよく聞いていましたが、その中の 『楽園』 という曲の中に、「いつも僕らは、汚(けが)されて目覚めてゆく。 make you free  永久に碧(あお)く・・・』 という歌詞がありました。 『愛と勇気と、絶望をこの両手いっぱいに』 と・・・。

その曲が、イエローモンキーの代表曲であり、彼らの全盛期を迎える事となったきっかけの曲だったと思いますが、良い曲をいっぱい持ったバンドでした。

 

 

人は苦しみを通ることでしか、真の成長は望めないのかもしれません。

 

 

深い苦しみや悲しみは、誰でも避けて通りたいものです。 私ももちろんそうです。 

そして不必要に、苦しみや悲しみを長引かせる事は決してありません。

そのために、自然界は、さまざまな働きかけを、私たちへ向けて送り込んでくれています。

 

神様や天使といわれる存在、自然界の精霊たち、そして私たちそれぞれにご縁の深い、今は魂の姿の方々も、必ず今を生きる私たちを見守っておられて、必要な時には手を貸し、何らかのサイン、あるいは偶然目に留まった事などを通し、私たちに助言してくださっています。  

 

そして、それをつかむ方法などは、これまでも、いくらかお話させていただきましたが・・・。

 

 この続きは、またの機会にいたしたいと思います。

 

 

3.11の日に寄せて

 

東日本大震災の日から、きょうで3年の月日が経ちました。

 

今を生きる私たちの多くが、かつて体験した事の無い未曾有の大震災。 被災地の甚大な被害の状況が日を追うごとにはっきりとして来ると、犠牲になり亡くなられた方の数も、増える一方でした。

 

東京に住んでいて、勤め先も近かった私は、ほとんどその影響を受けずに生活する事ができました。

それで、当初ははなはだ不謹慎ながら、胸をなで下ろしていました。 それまでも当たり前にあった生活が、ほとんど変化しないで続けていられる・・・。 

2、3日は、そうして事の重大さも被害の甚大さもよく分からずに平和ボケしていた私の頭を、本当にガツンとやったのは、原発の施設が津波によって破壊され、放射能汚染が風や水に乗って広がりつつあるという報道でした。 命の危機を、直接身近なものとして感じる機会が、その影響下に置かれた者誰にも、等しく訪れたのです。

 

当たり前だった事が当たり前じゃなくなるかもしれない。  戦争体験や、その戦禍などとは無縁だった戦後の世代の多くが、はじめて命の進退を突きつけられた深刻な重大事でした。

 

 集合的な運命というものがあるそうです。 地域とか、国とか、あるいは民族とか。 これまでも大小世界中にあった悲劇の運命は、誰か一人、あるいはその一人と周辺の幾人かの人たちよって、人為的につくり出されてきたのでしょうか? 

実はそれは、他でもない私たち一人一人の意識、行為の積み重ねが、数十年、時には数百年という長い年月をかけて、いつしか運命として現実に発動する力となるまで、育てていくのだそうです。 そう、他の誰でもない、私たち一人一人の意識と、日常に選択する小さな行為の積み重ねによって・・・。

 

3年前の大震災の惨禍は、東北地方の太平洋沿岸部にやって来ました。 それは日本という国の、実はどの場所にも起こりうる可能性があった事だと、科学的にも言えるそうですが、また別の、見えない世界からのメッセージは、形は違えど、これから先の未来、他の誰の上にも起こりうる可能性がある。 そう指摘しています。

 

しかしそれらは、私たちがこれまでよりも謙虚な生き方につとめ、身近な人や出来事に小さな感謝の気持ちをいつも忘れず、祖先や自然を敬う事で、大きく回避、または大難を小難に変えていく事ができると、同じメッセージは言っています。 

 

私も、今生かされている者の一人として、この先どういうふうにやって行けば自分が納得できるか考えて行動し (少なくとも後悔しない) 人生を送りたいと思っています。 そしてできれば、同じ時代を生きている方々のための、少しでも力になれればいいと・・・。

 

私が知っている事・・・それは、魂は永遠に生きている、不滅であるという事。 それをたくさんの皆さんに知って、体験していただきたいと思っています。

 

誰か、愛する人を失った、その悲しみは計り知れません。 それはいつでも、この世で最も深く、苦しい悲しみ・・・。

 

 

しかし、人はまた、人と交わり言葉を交わし、共に集い食事する事で、またきょうを生きる意欲、元気を取り戻していきます。 太陽に顔を向けると、そのやわらかな日差しを背中越しに浴びると、なぜか自然とうれしい気持ちになるように。

 

人生で最も美しい体験は、人と人、そのお互いの間に介在する愛と友情・・・それがある、分かち合える事だといいます。 体と心で深く実感できる、理屈を超えた喜び。 その絆が、どんな悲しみの時にも私たちを生かしていってくれる・・・。  

 

次回は、『かけがえのない、このたった一人の、私としての人生』 というテーマでお話させていただきたいと思います。 更新、いつも少し遅れ気味ですが、どうか気長にお付き合いいただければと思っております。